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カルキのディクシャ  WHO IS THAT?
インド聖者カルキバガヴァンとワンネスムーヴメント。 その知られざる実態に迫る。 ワンネス劇場の舞台裏で何が起こっていたのか!? その他、悟り系の情報を紹介。玉石混交のスピリチュアル、玉にみせかけた石にはご用心。
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friendsofreality.org/ESSAYS/essays.html

アドヴァイタ、概念と責任

実在(reality)の非二元的見解を理解したがっている人たちのほとんどが、アドヴァイタ・ヴェーダンタにのめり込んでいる教師を当てにしているように見える。

アドヴァイタが示すものは、おおよそ本当だ。それはかなり率直で概念を理解するのが容易であるため、適切な言葉で語られている。

もちろん、それは概念を超えて本当に語っていることを直接見ることへ人々を導こうとしている、私たちの存在の中心へと。

それが実際に実在を見ることを人々にもたらしたなら、素晴らしいだろうに。

しかしながら、人が教えるところに問題がある。アドヴァイタの教師でさえ教え自体を概念に変える。
それから彼らは概念を「理解している」、真実を知っていると考える。

私たちは、それらの部分に対して直に目覚めることなしには、これらの教えの背後にある真理を理解できない。

人々はどんな信念体系でもハイになれるように、アドヴァイタで教わった考え/概念/信念でハイになれる。
そして、これらの信念で生活しようとする。

アドヴァイタの教える信念の1つに、誰にも責任がないというものがある。この記事を書いた主な理由は、責任の問題に言及するためである。

アドヴァイタの教えには、「私たち自身はマインドの概念的思考にすぎないのだから、どんな個別の自己もいない」というものがあるが、これはその通りだ。まったく出来事はない。
出来事とは考える心の内にある概念でもあるのだ。

これはもちろん実際に事実に目覚めるまで誰もが誤解する。
どれだけ知的に考えて理解しても、それは依然として夢の中だ。
何も起こっていないということを実証してみてほしい。
私たちが概念を超えて現実を見ないならば、あらゆる誤解を生み出す。

アドヴァイタを教わったので、世界は夢であり、何も存在していないし、何も起こっていないと思い込もうとする人がいる。世界は夢ではない。
私たちが概念と信念で覆われていることは本当だが、私たちは夢想しているので、その現実を見ることができない。

もし、あなたがアドヴァイタの概念が真実であると信じ、それらの概念を超えていないならば、アドヴァイタについて知る以前に勝るとも劣らず迷っている。

アドヴァイタは、誰にも責任がないと言う。どんな個別の自己もいないことが実感されるならば、誰に責任があるだろうか?
これは目覚めていないマインドでも理解できる。

しかしながら、実際には責任ある存在を抜け出すのは容易ではない。

考えがあるだけで、考える人はいない。責任はあるが、責任を負う誰かはいない。目覚めると、私たちが夢想していたことは、綺麗さっぱり取り除かれている。エゴの感覚は看破される。

それにもかかわらず、なお完全に機能する何かがある。歩く、話す、身体を維持するために必要とされるものはある。 個々の特色は個性を作る。人格は多数の方法、形態を取って表現できる。

しかし、そこには誰もいない。知性はまだある、あるいは無くなる。それを使用する能力がある。私たちはうすら笑いを浮かべて徘徊するふぬけにはならない。知性、知恵は何であれ、人生ではっきり理解されるものを生み出す。

私たちは環境が破壊されているのを見て「これは神の意思です、私には責任がありません。」とは言わない。私たちは行動に移す。
人生は応答であり、それは責任である。私たちは責任そのものだ。

人々は、悟るということが何であるかを理解しようとするとき、あまりにも頻繁に、あらゆる「霊的」概念を自分達のマインドにもたらす。

これらは、曲解されやすく、本当に理解するために見切りを付けなければならない多くの概念に誤り導くことがある。何も霊的(スピリチュアル)に考えないほうが遥かによいのだ。ただ事実を見て、理解しよう。

私たちは人が目覚めに至ることが非常に霊的に見える。しかし、より深い理解においては、これが人生の現実であるにすぎないことがわかる。
私たちは素晴らしい惑星に生きる存在である。

私たちは、知覚するすべてを歪めて、決してありえない何かを夢見ている。これは夢想している人たちの妨げとなり、大きな苦しみをもたらしている。

人生は応答だ。宇宙のあらゆるものが絶えずそれ自身の活動に応じている。それは滅多に意識されることのないレベルで起こっている。私たちは何百万年という進化に至るまで応じている。 私たちは遠方の星と惑星との微妙な変化に応じている。私たちは他者の考えに応じている。現在・過去そして未来でさえ他者の考えに応じている。

責任は私たちの自然な状態である: 人生への応答。応じる能力は責任だ。行動するために演技者は必要ない。目を覚まし、責任をもとう。
失敗したら罪悪感と責任を感じている夢想家としてではなく、私たちの日々の現実に応じる行動の知恵として。

責任感が全くなければ、このサイトはここにないだろうに。
メルヴィン・ヴァルテラと呼ばれるそのような分離した人がいないことは、はっきりわかっている。

しかし、マインドは私たちの生き方、家(地球)の扱い方を変えて目覚め始めることが、この惑星に大いに必要であると理解する。
したがって、行動がとられる。同じことをしている他の人達も同じ必要性を感じている。さもなければ、彼らはそうしていないだろう。

もちろん、他人はいない。 それは、私たち各人でそれ自身を表現する同一の知恵である。 私たちは個性のために少し異なった見解に基づいて話す。そして、心地よく感じるやり方でそれを表現することに努める。

しかしながら、それはいつも同じ情報をかたる。
これは、すべての教師/作家が目覚めた状態に至っていることを意味しない。一部の人々は自分と支持者を騙しているだけだ。

あなたの中に、一切衆生にあるものと同じ知恵がある。
あなたが現実を見ることに本当にオープンであるなら、誰があなたを騙しているか、誰が本当のことを伝えているかがわかるだろう。責任をもとう。

メルヴィン・ヴァルテラ


==========

メルヴィン氏の記事(翻訳文)が以下のリンクにあります。            
Vision Quest BBS
www.eleutheria.com/visionquest/data/2908.html



その他

ネット相談室 質問
soudan1.biglobe.ne.jp/qa4948583.html
スピリチュアルの教えを実践する友人が出来事の何でもそこに結び付けてしまう

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精神世界(スピリチュアル)には数多くのトラップが存在しています。私も懲りずに何度もひっかかりました。安易に鵜呑みにせず、自分自身で調べる、考える、見極めることが大切なんだと思います。経験してみないことにはわからないこともありますが、情報を知ることで罠を回避できることも十分にあると考えられます。
国内だけでは情報が限られるので海外にも目を向けています。
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